ユニクロ(UNIQLO)を着る私たちが、あらためて服について考える理由

ユニクロ(UNIQLO)を着る私たちが、あらためて服について考える理由

ユニクロの服を着ている人は、いまや特別な存在ではありません。
年齢や性別、職業を問わず、私たちの生活のなかに自然に溶け込み、日常を静かに支えています。

この記事は、ユニクロを否定するためのものではありません。
むしろその逆で、「なぜこれほどまでに日常になったのか」を一度立ち止まって考えてみたい、という視点から書いています。

 

ユニクロが日常になった理由

ユニクロの服は、説明を必要としません。
サイズ感、価格、素材、洗濯のしやすさまで、必要な情報があらかじめ整えられている。だから私たちは、服について深く考えなくても「正解」にたどり着くことができます。

この「考えなくていい」という状態は、とても快適です。
忙しい日常のなかで、服選びに時間を取られずに済むという価値は、間違いなく大きいものです。

 

Pepar

 

「考えなくていい服」がもたらした変化

一方で、ふとした瞬間に「この服について、誰かと話すことが減ったな」と感じることはないでしょうか。
着ているけれど、語らない。
選んでいるけれど、理由を持たない。

ユニクロが日常になったことで、服は「主張するもの」から「環境の一部」へと変化しました。
それ自体は決して悪いことではありません。ただ、その変化のなかで、服と自分との距離感が少しずつ変わってきたのも事実です。

 

 

いま、素材に目が向きはじめている理由

最近、色やデザインよりも「素材」に目を向ける人が増えているのは、偶然ではないように思います。
見た目では大きな差がなくても、肌に触れたときの感覚や、長時間着たときの疲れ方には、確かな違いがあるからです。

とくに春夏に向けて服を考え始めるこの時期は、重ね着やアウターではなく、「一番肌に近い部分」が気になり始めます。
インナーやTシャツなど、直接肌に触れる服の着心地は、想像以上に一日の快適さを左右します。

 

服について考える、ということ

服について考える、という行為は、必ずしも「新しい服を買う」ことと同義ではありません。
むしろ、自分がどんな基準で服を選んでいるのかを整理することに近いのかもしれません。

便利さに身を委ねる時期があってもいい。
一方で、ときどき立ち止まり、「自分は何を心地よいと感じているのか」を確認する時間も、大切にしたいものです。

ユニクロが日常になったいまだからこそ、
あらためて「服とは何か」「自分にとって心地よい服とは何か」を考える余地が生まれているように感じます。

答えはひとつではありません。
ただ、その問いを持ち続けること自体が、これからの服選びを少しだけ豊かにしてくれるのではないでしょうか。



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